少子高齢化に歯止めが掛らないと国は滅びる。

 田母神前幕僚長が、いくら国のありかを憂いても、舛添厚生労働大臣が、後期医療制度や消えた年金を復元しようとがんばってみても、国をした支えする子供が育たなければ、国のあり方は変わらないし、もっとおかしくなる。今の子供が50歳をこえるころには、すくなくとも、後30年―40年の未来には、人口バランスがおかしくなる。子供一人が、多くの老人を支える構造となる。この国の状態を国盗りゲームの仮想プログラムにおいてみたら、頭のいい戦略家なら、この国を無傷でいたただける作戦を下記のように考えるであろう。

 

 ほっとけばいいと考えるはずである。そして、時期がくれば、必ず国力が落ちる。老人が防人では、どうすることも出来ない。防人をハイテクでまかなっても、必ず隙間が起きる。ハイテクは、プログラムが破壊されれば、おわりである。人間のすごさは、何があっても、命があれば、人間の細胞や組織を復元できる。いくら、ハイテクがすごくても、それ自身のハード、つまりCPUを自分で作り出すことはできない。そこを攻撃されれば、終わりである。ハイテクでは防人はできないのである。そして、戦略家なら、スパイをこの国の中枢部に送り込ませる。そして、時期をひたすらまつ。自分の代で、できなければ、自分の次の代の人に任せる。そうして、実が熟して、勝手に、落ちるのをまつ。そうして、落ちた実をとって、食べればいいのである。

 

 戦後、この国は、必死で、敗戦の痛手を修復しようとした。戦前の文化、風土は、明治までさかのぼれた、そして、戦国時代まで、遡及できた。昭和30年代や40年代までは、地方にいけば、築何百年の家屋があった。武家であれば、そこに、刀やよろいはあった。つい最近まで、核家族化がすすむ前までは、だれでもが、自分の血縁のにおいをふるさとでかげたのである。先祖が、近い存在として、日本人の中に植えつけられていたのである。そう、戦争までは、どこの家でも、家族や血縁意識が保持され、盆や正月といったときには、先祖崇拝信仰が当たり前のように存在していたはずである。だから、日本の故郷や血縁や家族を守るために、特攻を志願した若者がいたのである。飛べば、命がないと分かっている。愛する祖国、愛する家族、愛するものを守るために、散華に己の命の終焉を託したのである。美化するつもりはないが、それは、そこに、一人ひとりが先祖とつながれている意識があるから、できたことである。それが、崩れた今は、誰も、特攻で、自爆しようとは思わない。自分の命と引き換えに守るものが、この国に残っているとは思えない。けっして強制して、飛べるものではない。イスラムのテロの自爆のように、そこに何か強いものがなければ、自爆行為など、ありえない話である。

 高齢化は、やむを得ない。姥捨て山法案ができなければ、ある程度、長生きする。しかし、だんだんと、福祉が切り捨てられる。世界が均一化するため、後進国の寿命が延びたら、逆に日本の寿命は減ってくるだろう。医療と福祉を受けられるには、どこかで、限界がある。全世界の人に平等に医療と福祉を与えることはできない。日本の経済力が落ちてくれば、受けられる数は限りがある。それに、どんどん老人が増えてくれば、十分に受け入れられない人がでてくる。

 

 老人が10人で、若者が100人であれば、10人の老人は極楽である。しかし、老人が50人になり、若者が60人になれば、だんだんと厳しくなる。老人が100人で、若者が10人であれば、これは話にならない。将来、これと同じことがおきる。子供を増やす政策は非常に難しい。だから、子供を生むことで、その家庭が逆にリッチになるような政策を打つことしかない。子供が0よりも、子供が一人いたほうが、らくだ、二人の方がもっと楽になる、減税をするなり、優先的に、低額で豊かな住居をあたえるか、子供をもてば、お金が支給されるといった、政策しかないはずである。子育て支援などという中途半端なことでは話にならない。子供をもてば、逆に可分所得がふえるぐらいのものが必要である。そうすれば、少子化に歯止めが掛る。少子化に歯止めが掛らなければ、地方はどんどんさびれていく。そう、老人の数が増えれば、十分に福祉や医療が回らない、だから、その数が減っていく。少子化であるから、総人口も減っていく。この国の体力も経済力も落ちてくる。

 

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このページは、中野満が2008年11月14日 16:32に書いたブログ記事です。

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