ロス疑惑の終焉、三浦和義氏自殺、61歳での終わり

 先週末、テレビで、サイパンからロスへ移送される三浦和義氏の映像を見た。飛行機の最後の座席に座り、窓から誰かに手を振っている様子が映し出されていた。そして、あの奇妙な黒の帽子が印象的だった。何かの文字が書かれていた。報道でしったが、そこには、「PEACE POT MICRO DOT」と書かれていたそうだ。スラングで、幸せに、バイバイという意味だそうである。最初から自殺する予定でいたのか、それとも単なる偶然なんかわからない。しかし、その映像を見たとき、なにか、訳のわからない違和感を感じたのは事実だった。そして、この連休に、三浦和義氏、拘置所で、自殺との報道が流れた。とくに、驚きはなかった。率直に感じたのは、やっぱしという印象だった。

 

 日本人としては、死者に鞭打つことはできない。一様に報道も、その事実を伝え、真相を究明してほしいというコメントを残している。日本では、ロス事件は、結審している。一事不再理が働くから、刑事罰は問えない。真実はどうかはわからない、しかし、日本の法制度では、裁判であきらかにされたものが、真実として扱われる。仮に、やったとしても、やらなかったとしても、最終的に最高裁判所で、認定された事実が、社会的な事実として取り上げられる。そう、裁判制度とは、ある意味、恐ろしいものである。真実は藪の中、自分ではやってないと主張しても、最終的に、社会がそう認めれば、それが事実になる。だから、冤罪は、本当に恐ろしいものなのである。

 

 記憶のないところで、人を殺した。まったく覚えていない。だから、自分はやっていないと主張する。記憶にないのだから、どうどうと、言える。人を殺した実感が存在しないのだから、やっていないといえる。しかし、記憶がなくても、その人がある人を殺した事実は存在する。そこに恐ろしさがある。ある人を殺した事実がある。だから、殺人罪としては適応される。難しい言葉で言えば、殺人罪の構成要件を満たすという表現になる。しかし、記憶にないとなれば、心神喪失である。つまり、責任がないということで、罪には問えないことになる。しかし、それを客観的に証明することは不可能である。人を殺すとき、記憶がないということは、ありえないと感じるからである。でも、それは分からない。本当に、なかったかもしれない。検察は、それは、責任を回避するための、口実だ、それは嘘だというだろうし、弁護側は、記憶がないのは、事実である、冤罪を作るきかと、争うだろう。この場合の争点は、記憶があるかないかという一点に掛る。無罪か死刑または無期懲役の選択肢になる。

 

 アメリカでは、共謀罪がある。日本にはない。日本では、実行者と共謀したら、共同正犯として同じように罰することになる。実行者が特定されない以上、日本では、罪には問いにくい。しかし、アメリカは、実行者が特定されなくても、そこに、何かしらの共謀が認められ、そして、殺人が行われれば、罪に問えることとなる。もちろん、その共謀があったかなかったかが、裁判の争点となる。

 

 なぜ、三浦和義氏は、アメリカ自治領のサイパンにいったのだろうか、つい、うっかりとしたのだろうか、日本にいれば、捕まることはない。人権も保障されるし、そこそこの生活もお迎えがくるまでは、出来たはずである。34歳から、三浦和義氏の人生は変わってしまった。ある意味、この人の一生は、2003年の最高裁での無罪確定で終わっていたのかもしれない。それから、5年で、人生を終えている。今の61歳であれば、まだ若い。これからであったろう。しかし、アメリカと日本は違う。裁判が始まれば、日本での裁判記録等が、事実として取り上げられるだろう。ほぼ、間違いなく、共謀罪が成立した可能性が高い。そうなれば、アメリカでの長い収監生活が待っている。

 

 人の一生はどうなるか、分からないものである。三浦和義氏は、七ヶ月前に、自宅を出た。そのときは、何気なく出て行ったはずである。4日5日後にはもどってくると思っていた。しかし、交通事故でも何かの事件や事故に巻き込まれたのでもない。これは、自殺なのである。三浦和義氏は、七ヶ月前に自宅をでて、鍵を閉めたとき、再び、この扉の内側にかえることはないとほんの瞬間でも予知できたであろうか。

 

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このページは、中野満が2008年10月14日 11:19に書いたブログ記事です。

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