ノーベル物理学賞、日本人3人受賞、感性の勝利です。
南部陽一郎博士の名前は、量子力学(クオーク)の本に出てこなかったことはなかった。それほど、有名な人である。故湯川秀樹博士や故朝永振一郎博士の次に必ず紹介される人だった。南部陽一郎博士の業績がなければ、今日、言われている素粒子(クオーク)の性質を十分に説明することができなかったはずである。知っている人は知っているが、知らない人はまったく知らない。アメリカで活躍した数少ない日本人の物理理論家の一人である。87歳の年齢になってしまった。ノーベル物理学賞を授けるのなら、もっと早く授けるべき人であった。それだけの業績を残した人である。これで、南部陽一郎博士の名前と業績は、ノーベル物理学賞受賞者として、日本人の記憶の中に残ることである。これで、一気に南部陽一郎博士の知名度が上がる。たぶん、ネット上では、南部陽一郎博士と同時に受賞された小林名誉教授、益川名誉教授の名前が、ヒットしているはずである。その人はだれなのだ、一体、三人の業績とは、一体何なんなのか、クオークとは、なんなのか、検索ソフトでは、ぐるぐると、ノーベル物理学賞を受賞した3人に関連するキーワードを多くの人が検索しているはずである。ある意味、非常に嬉しいことである。
たぶん、小林―益川理論等、読んでも分からない。私も良く分からない。当たり前である。相当な基礎知識がなければ、わからないからである。その世界にいて相当傾倒した人でないと、分からないはずである。量子力学の素粒子の理論、さらに、それぞれのクオーク(素粒子)を構成する最小単位、それがひも(ストリングス)みたいなものであることまで、南部陽一郎博士は、考えられている。それが今の超ひも理論の考えである。実証できるものではないが、そう考えると、色々とつじつまがあうのである。この分野の考えは、非常に、壮大である。物質の成り立ち、宇宙の成り立ち、最終的には、人間とは、命とは、心とは、自分とは、死とは、それらの命題を揺り動かすほどのテーマにもなる。
3人へのノーベル物理学賞の受賞理由は、「小林―益川理論」と「対称性の自発的な破れ」が素粒子物理への貢献に寄与したことが、評価されたのである。今後、「対称性の自発的な破れ」とは、一体、どういうことなのか、そもそも、その対称性とは、その破れとは、そして、自発的な破れとは、いったい何を意味するのか、それが、どのように、重要なことなのか、テレビや新聞等で、解説されることだと思う。
この世は、何か分からないが、ビッグバーンというものが起きて、宇宙が生じた。我々の意識は、それを風船のバルーンのように、外部からそれを眺めようとする。しかし、実際に我々は、そのバルーンの内側にいることになる。そのバルーンの外側になにがあるのか、そのバルーンによって、分離される境界があるのか、それも分からない。そう、我々がいるこの世の事象を吟味すると、どうしても、時間という概念が生まれ、エネルギーという考え方が我々にうまれる。それをさかのぼっていくと、ビックバーンという現象を想定しなければ、おかしなものになると気づく。それがなければ、つじつまが合わなくなる。そして、それを基点として、何故、質量が生まれたのか、何故4つの力が分離したのか、そういうものが、人間の頭の中に、疑念として生じてくる。それを追求していったのが、物理学である。
その対称性の自発的破れとは、そのビックバーンから、ほんの瞬間の短い間で起きたことである。対称性があるとは、ある意味、自由を表す。方向性が決まらず、あっちいってもこっちいってもいい状態なのである。エネルギーの高い状態、温度の高い状態である。水でいったら、水蒸気である。そして、対称性が破れるとは、その自由度が失われることである。だんだんと温度が冷えていき、あっちいってもこっちにいってもよかったものが、束縛をうけることになる。動ける方向性が決まってくる。氷になってしまえれば、動くことはできない。対称性がなくなるのである。綺麗なシンメトリーや雪の結晶の方がより対称性があると、考えやすいが、逆に対称性が1つか2つになってしまい、対称性というものが、少なくなっているのである。子供は自由である。対称性がある状態である。それが、年齢があがり、社会という場にでる。自由だったものが、段々と社会の場の縛りによって、抵抗をうける。会社という組織の場に入る。もっと自由度は失われる。それこそが、社会という場と作用することで、ひとの行動も、対称性の自発的な破れによって、制限をうけることになる。そういう、表現になるのである。素粒子がヒックス場というものと作用すると、場の抵抗を受ける、それが質量となるのと同じ感覚である。
物理学だけではなく、この対称性の自発的な破れという考えは実は色々な方面の理論解析に使えるのである。とにかく、素粒子理論等は、目に見えない世界である。この世のあらましを、見えないものを想定しながら、ロジックを構築していくのである。仮説である。それは、まさしく想像力以外の何者でもない。そして、それをひらめかせるものが、人の感性であると考える。そして、小林ー益川理論は、2001年から2003年かけて、高エネルギー加速器によって、その理論どおりに、対称性の破れが起きることが実証されたのである。
能力があるだれでもが、ノーベル賞をとるとは限らない。それに値する発見や発明は、人の常識を超えたもの、その壁を越えたところの領域のものである。そこに必要なのは、ひらめきなのである。それは、まさしく、感性、それがそうだと感じる心でしか、そこへは到着できない。特に、この目に見えない領域に関しては、感性で動いて、理性で結ぶしかないのである。仮説を見つけるのは、感性でしかない。そして、それをロジックで矛盾のない世界にもっていくのである。それを後は実証していき、その仮説の正しさを証明するのである。ガリレオの湯川学准教授が言っているのと同じである。だから、今回の受賞は、日本人の感性の勝利なのである。
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