日経平均1万割れても相対的にみれば関係ない。(ユダヤ人と日本人の知恵比べ)

 物事を、絶対的に見るか、相対的にみるかで、話が根本的に変わる。日経平均が1万を割れても、日本が単独でおかしくなっているのだったら、問題である。しかし、事の発端は、アメリカのサブプライムローンである。アメリカは、年1/4(毎3ヶ月)で、数字があきらかにされる。だから、先送りが出来ない。まったなしである。もともと、これはバブルが要因である。実態がないところに、勝手に価値を作り上げたものである。冷静に考えれば、大多数の人間が、それは10円ぐらいの価値というものを、オークションのように、値を吊り上げたのである。それは、もっともっと価値があると、錯覚させていたのである。人間の欲望をうまく刺激できるように、ある意味、マーケットを洗脳したのである。まだ、膨らむ、まだ膨らむ、と思っている間は、値が上がる。そして、頭のいい人は、売り抜けをする。トレンドが、下降気味でも、必ず、一日の変化には乱高下がある。それをみて、売り買いをすれば、利益を出すことは可能である。上がるのも、下がるのも、変化であるから、そこに必ず、商売がある。そして、マクロ的に数字に矛盾が出た。アメリカの大手の金融機関が破綻した。その連鎖は、ヨーロッパに向かう。

 

 日本は、バブル後遺症から、市場経済のわなにはまって、あまり踊らされることはなかった。もともと、原材料を仕入れて、それを加工して、付加価値をつけて売っていた。手先が器用であるから、刀や武器を作るのに長けていた。日本の加工精度は、依然と世界一であるし、その品質の高さは、依然世界一である。日本全体が、ひとつの島国なので、その精度を守ろうとする国民性は、日本人の血として受け継がれている。それが、日本の風土である。それが、歴史の中で群を抜いたのが、戦艦大和・武蔵の建造だったのである。人殺しの戦艦として大和や武蔵を使用したのは、人間の心の使用を間違ったからである。大和や武蔵に注ぎ込まれた技術の結集にはなんの罪はない。もちろん、寺院や仏閣の建造物にも、その巧みの技は生かされているし、食材をとっても、その加工技術の技は、世界でもトップレベルである。

 

 基本的にユダヤ教を信じている人がユダヤ人である。血ではなく、考え方である。ユダヤ教を放棄するのも自由である。しかし、そこで、ユダヤ教の連帯は遮断される。だから、それをおそれるから、血縁はつながる。そして、色んな地域へと分散されている。基本的に頭のいい人たちである。価値のないところに価値をみつけ、それを転売し利益をえる。そして、彼らは何千年、民族として生きてきた。根本的に、日本とは対峙する国民性である。今の金融のシステムを支えているのは、ユダヤ人でもある。歴史的に見て、ユダヤの資本が関っているのは事実である。その考え方に支えられた共有意識は、とてつもなく深く、ある意味、哀しいものである。

 

 日本人は、バブル崩壊後、その怖さを知った。実態のないものに踊らされることを恥と感じた。だから、一時、ホリエモンや村上ファンド等が、策略をつかって、のし上がったが、所詮、実態のないものからスタートしたものは、衰弱するのが当然であった。何かの確固たる技術の裏づけがないかぎり、実物の影がないかぎり、それはいつの世でも仮想のはかなさでしかない。経済とは、バブルである。需要と供給のバランスである。加熱した数字の上昇が、実態とかけ離れてきた。だから、転ぶのは当然である。日経の株式が1万を割れても、何の問題はない。他がそれ以上に落ちているから、相対的にみれば、日本の株価は上昇しているのと同じことである。

 

 世界の経済が落ちているのだから、そこに需要は落ちている。だから、輸出の企業は、円が高ろうか低かろうか関係はない。それよりも、資金がドルから円にシフトしていることは、円高を示唆する。ガソリン価格が下がる。原材料が安く買える。物価は鎮静化し、日本で物が安く作れることを意味する。そこに、利ざやが生まれる。日本に市場が生まれることを意味する。直ぐにというわけには行かないが、だんだんと、その恩恵が出てくるはずである。うさぎとかめではないが、必ず、実態のあるものが勝つのが道理である。韓国はぼろぼろである。中国も危ういものである。世界を眺めると、一番、日本が堅実なのである。頭のいいユダヤ資本は、必ず日本を考える。そう、ユダヤ人と日本人との知恵比べがこれから始まるはずである。

 

 

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このページは、中野満が2008年10月 7日 11:11に書いたブログ記事です。

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