TV番組「走る男」の企画のすごさ、走る楽しさ。

 私が住んでいるところは、大阪である。毎週、日曜日の夜、KBS京都で、森脇健二さんが主演して走っている「走る男」を見ている。何気ない番組である。2008年4月北海道の洞爺湖をスタートして、2009年3月に沖縄の首里城まで、森脇健二さんが、ジョギングをして走り抜ける企画である。番組の企画としては、色々なルールが設定されて、それに基づいて、森脇健二さんが、走るという内容である。番組をみて、つまらないと思う人もいるかもしれないし、感動する人もいるかもしれない。ただ、ジョギングをする人にとっては、これほど、感情移入できる番組は他にはないと思う。「走る男」のHPには、色々な人がアクセスしてくるだろう。リアルタイムに近い状況で、走っている状態がわかり、その場に行けば、誰でも、森脇健二さんといっしょに数キロ走ることが許されるから、マニヤックな人は相当、のめりこむはずである。そして、走ることが好きな人であれば、番組を見ているだけで森脇健二さんと一緒にはしっている気分に陥るはずである。同じ視点で、テレビの画面に映る風景を見れるはずである。旅番組や体験番組はいろいろある。しかし、この企画は、実にすばらしい。そして、なによりも、いいのは、人間、森脇健二さんの人柄が、出ていることである。せちがらい世の中に、こんな誠実な人がいるのだなと、見る人を和ませるからである。

 

 私も、この番組に魅了されて走り出したのではないが、走ることの面白さを体感してしまった男でもある。毎日走っていたが、先月、左足のくるぶしをうっかり痛めてしまった。それから、走れないでいる。階段を下りることもままにならなかった。そのために、情けないことに体重が数キロ太ってしまった。すこしづつ良くなってきて、やっと、階段を下りても、痛みはなくなるまでに回復した。もちろん、走れる状態ではない。サポーターをとってもいいところまでは来た。まだ、薬を止めると、すこし痛みがのこっている。医者から、歩いてもいいと許可が出た。すこし、運動しろといわれた。

 

 だから、ただ、歩けるだけでも嬉しくて、数キロ歩いてしまった。ジョギングでは毎日、5キロははしっていて、週末には10キロ近くは走っていたから、物足りなかった。しかし、それでも、歩けることがただ嬉しくて、一歩一歩かみ締めるように歩いた。そのとき、走れない、歩けない人のことを、ふと思った。もちろん、世の中には、色んな障害を持った人がいる。健常者として、一体何ができるのか、具体的に考える必要はあるはずである。目が見えるから、走れるのである。聞こえるから、走れるのである。五体満足だから、走れるのである。そう、生きていられるから走れるのである。

 

 世の中には、色んな人がいる。卑下して生きている人もいれば、利己的に生きる人もいれば、傲慢に生きる人もいる。その人達が幸せかどうかわからない。何か不満があるなら、走ってみて、走れる限界を知ることである。そうすれば、走る楽しさがだんだんとみえてくる。そうすれば、生きていられる幸せも分かるはずである。今の私にとって、走れなくても、歩けるだけで十分である。いずれ、走れるときがくる。そのとき、走れる喜びをもって走れる自分を想像することが出来る。

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このページは、中野満が2008年9月17日 10:37に書いたブログ記事です。

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