最後の自民党総裁選挙だと思えば、たくさんの人が立候補する。

 もしかしたら、これが最後の自民党総裁選挙になるかもしれない。誰が自民党総裁になっても、今の情勢とシステムからみれば、その人が自動的に内閣総理大臣になる。そして、どこかのタイミングでその内閣総理大臣で衆議院を解散して、次の自民党総裁の立場で、衆議院選挙を戦うことになる。これが、いわば、民主党と自民党との天下分け目の関が原となるはずである。民主党が圧倒的多数で勝利すれば別だが、民主党と自民党とが、僅差の結果であれば、間違いなく、政界再編へと動くはずである。参議院では、僅差で民主党が抑えているため、自民党単独で政権は運営できない。民主党が単独で衆議院で過半数をとれば、衆議院と参議院が、民主で統一されるが、そうでなければ、かなり、不安定な政局にならざるを得ない。

 

 自民党の多くの人が、麻生太郎自民党総裁、内閣総理大臣として、衆議院を戦って、小沢民主党代表に、勝てたとしても、衆議院で2/3の議席がとれるとは、到底思っていないだろう。過半数は自公でなんとかとれたとしても、参議院は、民主党が抑えているので、依然として不透明な状態が続くことは間違いないと読んでいる人がほとんどであろう。もし、麻生太郎自民党総裁で、安定した政局がつづき、長期政権が続くと思うのなら、ある程度、麻生太郎氏が浮き出て、麻生氏の存在感が目立つような候補者を選んで演出するだろう。もし、いろんな人がでてくるのであれば、これは、あきらかに、衆議院選挙後に政界再編か、自民党が割れると考える人が多くいるということである。石原伸晃元政調会長、与謝野馨経済財政担当相、小池百合子元防衛相というような名前が出ている。ばらばらになったとき、それぞれがキャスティングボードとしてうごけるように、知名度をあげる目的で、立候補したと考えられる。

 

 結果的に、自民党総裁が、麻生太郎幹事長になったとしたら、当然に、福田首相の後任の首相は、麻生太郎氏になる。第一次麻生内閣の組閣になる。そして、麻生首相の下で、党三役も決まる。福田首相のように、選挙対策専任のポストを党三役以外につけるとは限らない。幹事長にもどすかもしれない。選挙がこの内閣や党三役でやるとなれば、色んな意味で、選挙区も決まらない小泉チルドレンは殺気だつはずである。そして、政党支持率も民主党と競っているため、苦戦が強いられる選挙区の議員もあわてるはずである。そして、公明党がどういう立ち位置でくるかが、自民党の候補者には、戦々恐々と感じるはずである。

 

 小泉元総理のときは、郵政民営化がひとつの争点であった。安倍元首相は、美しい国つくりをモットーとして、安倍首相をとるか小沢代表をとるかの選挙といって戦ったのである。そして参議院選挙は民主党が勝ち、そしてすぐに退陣したのである。そういういみで、自民党のマニュフェストは、麻生太郎幹事長の持論が盛り込まれるはずである。そう、財政出動である。お金はまわってくるという考えである。何かをするにしても、国がお金を最初に出して、仕事をつくる。それで、お金がまわる。経済が回る。そして、その分、お国にいくらかが帰ってくるという、単純な発想である。ある意味、正しいことである。止まっているものを動かすには、力ときっかけがいるのである。そのきっかけをだれも起こさないのであれば、それを国が起こそうというものである。

 

 たぶん、麻生太郎幹事長の考えは、正しいはずである。今まで、財政出動を抑圧していたから、金が回らなかった。もし、動いていたら、それが呼び水となって、海外からも資金が入って、より経済が回ったかもしれない。問題は、箱ものや無意味なものをつくることを考え、そこから収益が生まれるようなものを作ることなど考えなかったからである。責任のとらない官僚のやりかたである。これでは、膨大な赤字が生まれるはずである。採算のとれないものや、ニーズのないものをつくったら、その維持費と管理費で、赤字が増大する。当たり前である。企業だったら、倒産である。もちろん、企業でもお金を借りて、何かに投資する。研究開発でも、企業は投資する。しかし、この投資は、将来の生産財の販売での利益を見込んでのことである。売れる見込みのないもの、市場性のないものに、企業は投資するわけがない。投資をしない企業に成長などない、衰退し、いずれ倒れるのみである。自己資本、つまり借金なしで、利益と株主資本とで、回せばいいのだが、そんな会社はあまりない、多くの会社は借金をして、投資して、何かを作り提供し、その利益で、生きて、しかも、その利益で、借金の返済をしているのである。

 

 国の借金とは、端的に国債である。国債をすれば、国債を買ってくれる人達がいる。企業の借金と同じである。仮に一兆のお金をつかえば、それだけ市場にお金が増えることになる。その分、経済は確実にまわる。問題は、それが借金としてのこり、償還することができないということである。なら、乱暴な言い方だが、踏み倒したらどうなるのかである。たぶん、問題は、そうなったら、国の信用が失い、だれも日本の国債を買ってくれなくなる。その可能性があるというだけである。たぶん、そういうことにはならないはずである。日本を本気でせめて、占領できる国がこの世にあるのかというのと同じである。そのために、莫大な国防予算をつけているのである。

 

 もし、麻生太郎幹事長が、最後の自民党総裁になるのだったら、思い切った財政出動をしてもらいたい。それがどういうふうにつかわれ、どういう呼び水として機能して、経済を活性化するのかしないのかを検証してもらいたい。そうゆうリサーチにもお金をつかってほしいものである。

 

 

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このページは、中野満が2008年9月 4日 16:59に書いたブログ記事です。

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