福田首相かそれとも麻生幹事長が、徳川慶喜になるのか?
戦後63年間、ある意味、日本は運が良かった。東西に分断されることなく、象徴としての天皇であるが、形式上は天皇制が保持され、軍隊も、実質的には自衛隊に引き継がれた。そして、農地改革、教育改革、男女平等、参政権等の、自由が与えられ、個人における義務と権利のバランスも、戦前に比べ大幅に改善された。憲法上、軍隊は存在しないので、徴兵の義務もない国家になった。ある意味、アメリカの傘の下で、気ままな国家として、63年間、存在してきたことになる。
戦前、戦中、戦後と生きてきた大物と呼ばれる政治家も政商も経済人もマスコミの人も、段々とこの世から去っていった。それらの人たちは、墓場まで、もって行かなければならないことがいっぱいあったはずである。一言、ばらせば、それで、時の政権がふっとぶような事案がいっぱいあったはずであり、GHQが支配した戦後の世相では、法律では裁けなかった治外法権的な事件が多くあったはずである。特に、金と色(女)に絡んだ事案が、多く闇の中に消えていったはずであり、まさしく、松本清張さんが執筆する推理小説に出てくるような事件が闇の中で多発していたはずである。戦後、20歳のお兄ちゃんでも、生きていれば今は83歳の老人である。戦後の闇を経験するには、少なくとも終戦当時27?28歳の年齢は必要であった。もう、その人が、生きていても90歳は超えている。あと、5年もすれば、完全に戦後の闇は、墓場まで持っていかれることになる。
戦後、自民党がラッキーだったのは、高度成長路線、所得倍増政策をとったからである。昭和30年代では、社会党が、長期に政権をとってもおかしくはなかった。日本は、開かれた国家になったために、選挙の結果で、与党が変わることもできたのである。政党が変われば、政策もかわる。総理大臣も変わるからである。ある意味、まだ、世界は、戦後の復興時にあり、作るもの、作るものが消費されたからである。後先考えずものを作った結果が公害である。色んな公害問題が発生した。1ドルが360円の固定相場であったため、日本で作るものは、海外で飛ぶようにうれたのである。今の中国と同じだったのである。生産性を挙げる、所得は増える、それに対しての累進課税制度、法人税、ある意味、所得の多い人から多く税金をとっていて、それを福祉や恵まれない人や、公共事業でしか生計を立てられない人たちに、ある意味ばらまいていて、所得格差を緩和していたのである。そして、一億総中産階級となったのである。田中角栄元総理大臣の日本列島改造論で、日本の土建関連が相当潤った。それにより、地方の格差も緩和されたはずである。田中角栄元総理のやり方がいいかどうかは分からない、しかし、日本を取り巻く環境がそれを許し、それによっても、自民党政治が継続された以上は、国民はそれを是としたのは事実である。
自民党政治が、自民党政治として、成り立ったのは、ばら撒きだったのである。公共事業として、予算をつけ、それを地方に配分して、地方経済を成り立たせていたのである。ある意味、日本ほど、平等で社会福祉に熱い国家はなかったのである。その根源にあったのが、経済力だったのである。それが、自民党政治を成り立たせたのである。そして、自民党政治として、最後のかけにでたのが、小泉元総理の構造改革である。構造改革なくして成長なしといっても、世界が飽和になってきて、世界の構造が変化しているにもかかわらず、経済成長一辺倒だけでは、話にならなかったのである。構造改革をして、門戸を開放して外資を取り入れ、成長する。確かに、理念的にはうまくいくはずであり、経済の数理モデルにしても、発展すると誰もがそう思った。しかし、この経済のモデルの落とし穴があるのである。地球温暖化であり、地球が収集できる時間当たりの熱量が決まっているからである。それ以上、熱量を上げると、その熱が地球内部にたまるのである。未来永劫、いまのような経済成長はできないのである。つまり、自ずと、成長には抑圧が掛るのである。それと、なぜ、日本が明治維新と太平洋戦争の後、欧米の属国にならなかったのかである。それを阻止したのが、日本の文化と日本語なのである。つまり、日本の国に入れば、日本の習慣と日本語を受け入れなければ、この国の市場で、成功できなかったからである。戦後、多くの欧米の企業が日本にやってきた。しかし、ほとんどが、日本法人の道をとることしかできなかった。それ以外、つまり、独自の資本で外人の経営陣でやっていこうとした外資は、すべて撤退したのである。
日本の市場が欲しいのなら、日本にいる日本人をすべてころし、日本の国土から日本というものをすべて抹殺しなければ、日本市場を取ることは不可能だからである。だから、小泉構造改革の結果が、今の格差社会なのである。もはや、経済成長も不可能であり、税収入が上がらない、そして、格差が拡大し、もてるものともてないものの差が拡大している。だから、今選挙をやれば、自民党政治は終わる。終わらせないように、昔のように、ばら撒いて、疲弊した地方や零細中小企業に多少のお湿りを与えようとしている。これは選挙目当て以外の何者でもない。昔と同じことを繰り返しても、同じ結果になる。
もはや、徳川慶喜のように、大政奉還を国民に返して、政界を再編するしか方法がないはずである。経済のモデルをエコロジーに切り替えて、世界が食い散らかして、出した地球のゴミを拾い集め、かたづけ、再利用すること、世界の清掃国家として、日本の技術、日本の文化を生かすべきである。もはや、自民党の役割は終了した。さりとて、民主党にそれだけの力があるかどうか分からない。自民党も民主党も、ただ利権だけで、つながっている。政界再編し、エコロジー、世界の清掃国家として、慎ましやかに成長するのが、いいように感じる。
日本市場で、利益を出したい外国人や外国企業は、日本語を勉強してこいといえばいいのである。日本では、やはり、英語は通じないのである。無理して、英語を学んでも、意味がない。それよりも、浮ついた英語を学ぶ時間があれば、技術を磨き、より深い日本語が読み書きできるようにしたほうが、いいように感じる。
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