規制を撤廃すると、低価格化となり、日本企業は業績悪化する。エコで規制をかけろ。
規制を撤廃し、市場を開放するほうがいいし、構造改革を断行するのが、正しいことだといった元総理大臣がいた。確かに、人間がいて、そこに、資源があって、エネルギーがあれば、消費と生産は、繰り返され、段々と人間社会は豊かになる。限りなく、社会は膨張すると考えるだろう。もし、それが、無限の世界であったり、社会が飽和に達するはるか以前の状態であれば、の話である。1000年前の状態であれば、ほとんど、問題はなし、自由は謳歌されるべきである。
もしかしたら、小泉構造改革の5年間で、日本はとんでもないものを失ったのかもしれない。それが、いいことなのか、悪いことなのか、分からない。ある人にとってはいいだろうし、ある人にとっては良くないことだろう。問題は、日本全体が平均してよくなったか、どうかであり、仮に一時的に良くなったとしても、それが原因で、没落の道へ行くのなら、それは、いいことだとはいえない。規制が撤廃される。光速ネットワークが張り巡らされる。非効率の官僚の構造改革は厳しく断行すべきだが、それが出来ていないのが現状である。
規制が撤廃されると、どうなるか、必ず、平均化する。規制とは、分けることである。水槽を二つに仕切る。右に高い温度の水、左に低い温度の水をいれとくとする。高い温度の水はほっといたら、冷めてくる。だから、冷めないように、がんばって、高い温度を維持しようとする。高い温度が維持できるのは、仕切りがあるからである。では、その仕切りを外せば、温度は高いほうから低いほうにながれ、水槽は、ある温度になる。均質化したためである。いくら、高性能のものを作ったとしても、いくらいい技術をつくったとしても、いくら、すばらしいものを作ったとしても、規制がなければ、技術は人の移動を通して水面下で移転される。ヘッドハンテングである。日本で作るよりも、台湾や中国で作ったほうがいい、パソコンも性能がほとんど変わらないのなら、5万以下の方を選ぶ。そう、安くていいものは必ず売れるという法則が成り立つ世界である。携帯電話もそうだし、テレビもビデオもあらゆる規制のない自由な商品はみなそうである。
高性能、高品質になる。それが技術だと錯覚していた。それは、どこまでもつづくものと錯覚していた。確かに、昔のパソコンでは、立ち上げるまでに数分かかった。処理速度も遅かった。しかし、どこかで、飽和に達した。それ以上の能力は不要だからである。人間の感覚がそれを識別することが出来ない領域に達したからである。そこを通過すれば、後は価格競争である。日本で作る必要なない。同じ機能なら、同じ性能なら、同じメンテナンス性なら、10万の商品よりも5万の商品の方がいいはずである。そして、次に狙われるのは、車である。日本の車がいいのは、周動部回りの技術がすばらしいからである。エンジンを含め、そのまわり、ベアリング、ギアー、とにかく、力を伝達するパーツがいいからである。しかし、燃料電池や太陽光やバッテリー技術が大幅に革命的に伸びれば、まちがいなく、ガソリンエンジンから、モーターへと駆動部は変わる。日本の大手重電メーカーが、車を作ることも可能である。今、世界でNO.1の日本の車会社は、栄枯盛衰の理のように、間違いなく凋落が起こり始める。
食品や医薬品や化粧品には、安全という意味で、規制が掛っている。いくら、アメリカの牛肉をいれようと、安全性が確保できなければ、自由に入れることは出来ない。中国産のうなぎに何か問題があれば、高くても国産の方を選ぶ。規制があるのは、規制しなければ、安全性が確保されないからである。アメリカからの輸入化粧品に、ステロイドが入っていたと報道された。薬事法違反である。業界では、規制の方向へと向かうはずである。
日本国の政治家も官僚も、時代が完全に読めていない。このままの状態がすすめば、日本経済は破綻し、税収入も伸びないし、年金も高齢者医療制度も崩壊する。いままでは、敗戦国の日本としては、すべてアメリカの言いなりになってきた。規制がどんどん撤廃され、丸裸にされかかっている。一生懸命に蓄積した技術が、人と金を媒体として、簡単に移転される。もはや、エコ大国、日本をうたわなければ生きていけないはずである。日本に入れるものは、すべてのエコ証明をつけろ、たとえば、電池ひとつ作るのに、どれだけの熱量が掛ったか、J(ジュール)/gで表示させればいいのである。溶剤で環境破壊して出来たものと、水系で環境を守ってできたものを、同じ品質で並べることが悪いのである。
それは、あきらかに、地球温暖化阻止の動きなのである。地球は無限ではない。環境も自動的に復元されるものではない。国は明日のエコをいうのであれば、食品や医薬品や化粧品のように、あらゆるものに、反エコかエコかの規制を敷くべきである。大義名分は、地球温暖化阻止である。いろんな国から、非難されるかもしれないが、日本の首相たるべき人は、国連の場でも、そこのどこが悪いのか、地球温暖化阻止を実践して何がわるいのかと堂々と主張しなければならないはずである。
エコで規制を敷くことで、地球は守られるはずでる。それにより日本が貢献できて、収入が増えればなおさらいいことである。地球全体のための保護主義を採るべきである。まず、日本が率先して、エコに関する規制を強化し、世界のものづくりの規範を作るべきである。もはや、時代は、幕末の黒船来襲と同じである。公務員改革も出来ない、税制改革も出来ない、年金、医療改革も出来ない、何もできない総理では、話にならない。このままでいけば、地球全体が崩壊する。エコのための保護主義、規制を地球規模でひくべきである。そのためには、自由という無責任体制に、歯止めを掛けなければならないはずである。
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