肥満と喫煙を抑止すること(ダイエットと禁煙)が、現代の養生訓である。
肥満と喫煙を自制することは、結局精神力を鍛えることと同じである。"何故、太るか"は、食べるからである。消費に対する摂取が過多だからである。人間は、食べなければ餓死する。直物のように、光合成によって、生きることは出来ない。自らの手足を使い、人間にとって、毒でない、害のないものを摂取するから、生きることが出来るのである。肥満を防止するのは、理論的には非常に簡単である。食べ過ぎないことである。したがって、肥満を防止するのは、食べた分、どのような形でもいいから、消費すればいいのである。人間には、年齢と社会的な環境とによって、それぞれの基礎代謝が決まっている。それは、スポーツ選手と事務員とストレスを受けやすい人では、値が違う。同じカロリーを摂取しても、基礎代謝の高い人は、それだけ消費しやすいので、肥満にはなりづらい。10代や20代なら、基礎代謝のための体つくりは可能だろう、消費しやすい運動家タイプを作るのであれば、それなりに訓練すればその体はできる。しかし、問題は、その基礎代謝も、年齢や社会的な環境によって、変化するのである。運動家タイプの人であっても、30代後半から40代になれば、社会的な地位も上がってくる。肉体を消費することができずに、暴飲暴食と睡眠不足、それに過度の喫煙が加われば、間違いなく、肥満が生じてくる。健康診断でも、もともと、体が強いため、なかなか顕在化しない。それに甘えて、放置すれば、どこかで、一気に数値が悪くなる。それが、気に入らない上司であったり、経営者であったりしたら、ほくそ笑んで待っていればいい。そのうち、病に倒れて、再起不能になるからである。
結局、自分の健康管理は、自分でするしかない。会社での健康診断、地域医療での健康促進プログラム、いろいろなものがある。しかし、人間の細胞の活性化の期間は、約28日である。化粧品でも薬用化粧品でも、その効果が出てくるには、約28日、かかるのはそのためである。即効的に効くのは、医薬品である。しかし、副作用が伴う。だから、医者の処方箋や医者の管理が必要なのである。薬局でうっている風邪薬と医者が処方する風邪薬は、その性質が違うのである。病院は、あくまで、今までと違う症状がでてきて、社会的や日常的な活動が困難になったとき、治療をうける場である。その症状が、急激に悪化したとき、人は救急車をよび、緊急医療を受ける。当たり前の話である。もちろん、病気には個人差がある。何も悪いことをしていないのに、ウイルスに感染する場合もある。それとは異なり、病気を自制できたにも関らず、それを放置し、病になる場合がある。それが、肥満と喫煙に関るものである。もちろん、肥満が悪いわけではない、人によって、その脂肪のつき方は違うからである。太っていても、内臓に脂肪がついていない人もいれば、やせていても、内臓に脂肪がついている(脂肪肝)人もいる。
人の生き方に、いいもわるいもない。生まれた環境がよく、何不自由なく生活でき、それほど、働かなくとも、資金がある人も世の中にはいる。美味しいものを食べ、上質のアルコールをのみ、それに、ぶかぶかとタバコをすう。あえて、働かなくても、資金がある。一年、二年、まず、慣性の法則が働き、動きたがらないはずである。重たいものほど、動かすのに、外部からの力がより必要だからである。血液はどろどろになる。喫煙で血管は収縮する。高血圧で倒れるか、糖尿で倒れるか、心臓で倒れるか、脳血栓で倒れるか、いずれにしても、成人病で、命が早くなくなるのは間違いない。そういう人生もいいとわりきり、そうなったら、すっぱと、自らの人生を自らで終止符を打つといって、それを実行できれば最高なのだが。しかし、世の中、そういう人はほとんどいないのが、現状である。そうなったら、じたばたするのである。
確かに、自分の責任外でウイルスに感染し病気になる人もいる。それ以外に、それをすればそういうふうになるとわかって病気になる人がいる。後者の要素になっているのが、肥満と喫煙であることは間違いない。
喫煙がダイエットに効くことなどない。肥満は、過剰摂取だけの問題である。喫煙をして、栄養分の吸収率を阻害しただけである。仮に、それでダイエット効果があったとしても、体が蝕まれた状態でのダイエットなど、まったく本末転倒な話である。たばこに、もし依存性や中毒症状がなければ、適当なときに、喫煙をしたらいいだけの話なのである。たばこが悪いといわれだしてから、それが生産中止、販売中止が出来ないのは、その中毒症状、禁断症状、その依存性があるからなのである。急に生産中止、販売中止をしたら暴動が起きないとも限らないからである。禁煙が難しいのは、その一点なのである。だから、国も悪いと知っているから、タバコのパッケージに、警告文を入れて、自制を促しているのである。
禁煙で一番難しいのは、禁断時に生じるその幻覚性なのである。それが出るのは、まさしく麻薬と同じなのである。その幻覚性に関しては、たばこは、麻薬なのである。だから、一番いいのは、タバコに手を出さないことである。次にいいのは、習慣性、タバコ中毒になるまえに、たばこから足を洗うことである。それを通り越したら、禁煙は難しいはずであるし、出来たとしても、そう、永遠にそのたばこの誘惑(幻覚性)と戦う覚悟が必要なのである。たばこが必要になるのは、その中毒性である。誰でも、たばこをおいしいと思って吸った人はいない。毒であるため、吸引しただけで、気持ちが悪くなるのは当然である。たばこを吸って、いいと思うのは、ニコチン中毒だからである。体が必要としているからである。それが切れると、その幻覚症状を脳が作り出そうとする。文学的な甘美的な風景だろう、たばこを吸っているイメージを良くしようとつくりだす。それで、無性にタバコが欲しがるのである。それは、幻想である。たばこを最初に吸ったときに感覚が真実だからである。禁煙を1年、5年、10年したとしても、その誘惑の根っこは脳の中に潜伏している。その根っこは細く薄くなるが消えることはない。なぜなら、禁煙する人は、もともとその根っこがなしの状態から喫煙状態になり、そして、中毒症状となり、自らの力で禁煙をし、それが今でも継続している状態の人だからである。
肥満を解消するには、ダイエット、喫煙を解消するには、禁煙、それを成り立たせるには、精神力でしかない。食べようとするものを抑える、これは欲望を抑えることである。禁煙は、ニコチン中毒が作り出す幻覚と戦うことでもある。自分の脳が作り出す、吸いたいという幻想に打ち勝つことでもある。そこまでして、健康でいる必要もない、そこまでして生きる価値はない、そういう人が多いのも事実である。でも、実際は、何かが生じたら、今度は生きていたいというもっと強い願望が人間には出てくるからである。
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