リクルート(就職)活動をしている学生に贈るたったひとつのアドバイス

 たぶん、君たちの年齢では、人生がなんであるか分からないはずである。それは、だれも分からない。しかし、自分の人生が確かにカウントダウンされだしたと感じ始めた頃、人生とはこんなものなのかと、悟り始める。それは、自分の中からではなく、向こうから語りかけてくるのである。人は、どこかで、死の淵をさまようときがある。病気になり、自分は死ぬんだなと思うときがある。たしかに、そのときも、向こうから何かを語りかけてくる。しかし、病気が治れば、その扉はしまり、向こうから語りかけてくることはない。自分の小さな自我の中で、自分以外の外の世界を詮索することになる。だから、分からない。大人が無数にいる社会というものも分からないし、その中で棲息しうごめく人の深層心理も分かるはずがない。それは、私にもわからないし、誰にもわからない。人は分かったふりをするだけである。そして、向こうから語り始めたこの世のあり方と比較して、人生とはこんなものなのかとどこかで感じるだけである。

 

 リクルート就職活動をしている学生は、未来をつかもうと、前に行こうとする。学校で学ぶことなどは、ほんの一部分でしかない。学校で学んだことを社会で活かそうと思うと、後、最低でも5年は掛る。なぜなら、社会には、階級があるからである。自分のやりたいことをやろうと思えば、それなりの実績と信用がいるからである。すべては、能力ではなく、実績と信用がものをいうからである。はっきりという、人間の能力など、ほとんど差はない、やる気と気転があれば、工業高校を卒業したものを、企業でみっちり2年間、教育を受けさせれば、有名な大学の大学院を卒業した人と同等以上の能力を発揮されることができるのである。もちろん、人間性に優れた能力のある指導官が企業にいればの話である。しかし、それを実践している大手の企業もあるのもまた事実である。自分は、出来る、自分には能力がある、自分は有名な大学を出て、それなりにがんばったんだというプライドの高い人は、企業に入れば、必ず打たれる。なぜなら、企業には、それなりに出来る人はうじゃうじゃいるからである。会社に、必要なのは、結果である。学位が取れるような内容であっても、それが、学術的な評価を受けようと、それ自身には、企業的な価値はない。それは、あくまで、売れるためのツールでしかない。化粧品を売るのに、有名な女優を使うのは、その女優さえも使っているという錯覚を与え、その化粧品の差別化を狙っているにすぎない。化粧品の内容がどんなにすばらしくても、それが売れなければ、話にならない。企業活動とは、商業化なのである。それが嫌なら、公務員か、大学の研究室に残るべきである。

 

 就職を斡旋する会社も、営利団体である。口利き屋である。それは、企業であるから、しかたがない。一番、大切なのは、信用と実績である。だから、有名な大学を卒業したものや、誰かの紹介(コネ)をもってきた人をある程度優先して採用するのである。なぜなら、企業は、学生の裏にいる人となにかしらのパイプを持ちたいからである。何故、それが通用するかは、企業は、学生に能力の差を認めていないからである。それが実態なのである。しかし、それがすべてではない。

 企業には、多くの人がいる。人事採用、経理、営業、管理、技術、製造、あらゆる部署がある。当然に、そこに、課長や部長や事業部長がいる。そして、会社組織であれば、小さかろうが大きかろうが、それは同じである。経営者がいる。いわゆる役員がいる。そして、会社の株主がいる。オーナー会社とは、大株主(個人か一族)が、会社の経営に参画している会社である。まず、よほど、そのオーナーが強い哲学をもっていて、利他の精神を持っていなければ、いずれ、パンクするはずである。そして、君たちが接する課長や部長にも二つのタイプがいる。上に行く人と、そこで終わる人である。いわゆる中間管理職である。ろくでもない中間管理者が多くいる会社はいずれ、淘汰される。官僚の不祥事があるところは、その中間管理者が自分のエゴを強く出したところである。

 

 いずれ、少子高齢化がすすめば、学生は将来、金の卵と再びもてはやされるだろう、しかし、今は、まだ、その過程である。親の収入も企業の業績悪化で、リストラされたり、配置転換されたりして、不安定になっている。社会に出て、自活する方法をとる人が圧倒的に多いはずである。いろいろなことを書いた、一体何を言いたいんだと思うだろう。これが、君たちを取り巻く状況である。君たちが見ている世界と実態とは、違うということである。しかし、それでも、社会は動いている。ここで、重要なのは、上にいく中間管理(部長)とそこで定年を迎える中間管理者との違いこそ、君たちが考えなくてはならない問題なのである。君たちには、実績はない、企業はある程度の能力があればいいと思う。学校を卒業した学生に何ができると考えている。信用もあるわけがない。だんだんと日本もコネ社会から、実績主義になっていけば、親や親族や大学の教授のコネだけでは通用しなくなる。種明かしをしよう、実は、すなおさとやる気なのである。変なプライドはいらないのである。素直さとは、自分の考えをもち、相手の考えを受け入れられる器量なのである。

 

 面接であった人がいれば、アルバイトでも始めてあった人がいれば、どんな人でも、すこしでも世話になった人がいて、自分を将来助けてくれる人だと感じれば、そして、名刺を受け取った人がいれば、その人に、間髪いれず、メールで礼状を書くか、メールアドレスがなければ、はがきで、礼状を書くことなのである。受け取った人の心理を考えればいい。普通はそんなことはしない。しかし、それが実践できる人がいて、それをずっと継続していれば、必ず、その素直さとやる気を相手は見てくれるのである。もちろん、社会の中にはろくでもない人がいる。面接を利用して、体や金品を要求する人はいる。しかし、それはあくまでマイナーな人たちである。企業の看板があれば、そんなことはしない。それをする人間は犯罪者である。人生とは、そんなものなのである。そんな小さなことの積み重ねが、未来を大きく変えるのである。たぶん、若者にはそれがみえない。五里霧中の人生の坂道を登っているだろう。どこかで、霧が晴れるときがくる。しかし、それは、人生のカウントダウンを感じなければ、晴れださないのである。

 

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このページは、中野満が2008年7月14日 11:36に書いたブログ記事です。

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