音楽のレコーデングを終えてみると、音楽で生計を立てるためには?

 近くにある、そこそこのフリースタジオで、レコーデングを行った。なるほどと感じた。若いおにいちゃんといっても30を過ぎていて、音楽の学校で、ミキシングの講師をしている息のいい人が、ミキシングを担当してくれた。大体、防音室の部屋とミキシングルームがあり、ヘッドホンとマイクで、音響ルームとミキシングルームとの間をコミュニュケーションが成り立っている。防音の音響ルームとミキシングルームとは、ガラスを通して、それぞれの内部の挙動は分かる。後は、高性能のパソコンとキーボードで、それぞれのトラックに、ボーカルであれば、その音を録音し、各パートの音と重ね合わせる。コーラスを入れるとき、その作業を見ていたが、これは、明らかに、職人芸である。感性と経験がものをいうはずである。声質とリズムと全体とのバランスをすぐさま感受し、ボーカルの音を最適化させることが、ミキシングエンジニアの仕事である。これは、以外と割りに会わない仕事のように感じる。基本的に、エンジニアと呼ばれ、アーティストとは一線を記すようである。色々とその細部のメカを聞いていると、どのように、音が加工されていくのかが分かる。音源を商業化する企業であれば、いいスタッフと機材がそろっている。時間とお金といいエンジニアがいれば、アイドルの歌もそれなりに、商業化できる。ライブで音程を外す人も、デジタル音源の中では、いかようにもなるということを教えられた。mm秒の中で、高速フーリエ変換をし、倍音を重ねたり、ノイズを削除していけば、滑らかな音源になる。その手間を惜しまなければ、誰でもが、デジタル音源の中で、すばらしいボーカリストになる。

 

 そこのスタジオに、色々な若いおにいちゃんやおねいちゃんや、いい年をしたおじさんたちが、楽器を持ち込んで音楽を楽しんでいた。この中で、音楽で生計を立てられる人は、ほんのわずかである。そして、30歳前後でも、月20万を稼げればいいほうである。たぶん、音楽関連の業界でもすそのを広げると化粧品産業と同じように一兆円はあるだろう。コンテンツとしての音楽での日本の市場は、6000億から7000億規模である。それだけの規模を考えると、芸人の世界と同じように、この音楽関連は、激しい格差社会であるはずである。全体の2割の人で、8割の収益を分配しているはずである。後の8割で残りの2割の人が収益で分配していなければ、ここまでの格差は生まれない。ほんの一握りの人が、莫大な利益をむさぼる構図が見えてくる。そこに、売れて、名前がたてば、年収数億、売れずに、名前がつかなければ、年収数百万も満たないはずである。したがって、夢をもってやっている人は、どこかで音楽から足を洗って、サラリーマンになる。そして、趣味として、バンドをやる程度になるはずである。それが、現実の姿であると、感じる。そう、サラリーマンは、年収と人数との相関は、正規分布がたつ、平均約年収500万にピークがたち、それ以上もそれ以下も似たような比率の分布になる。しかし、芸人やアーチストの場合は、正規分布ではない、指数分布である。多くの人が貧しく、一握りの人が、巨大な収益をもつ構造である。

 

 そのスタジオに通ってくる人達をみていると、これでは、売れないと感じる。どこかで、一攫千金を夢みている人もいるだろう、好きな音楽で生計を立てられればいいと考えている人もいるだろう、しかし、普通以上でもこの関係式ではうまくはいくはずがない。人間の能力には、それほど差はないはずである。では、その一握りとその他の人の違いは一体何なのか、それは、運でもないし、才能でもない、もちろん、それも必要である。しかし、根本的なのは、全体を読む力である。音楽関連も、出版関連も、基本的に商売である。需要と供給が必ずある。人を売り出すにも、お金が掛るのである。アーチストを一人売り出すにも、それなりの投資(お金)がいるのである。プロダクションや音楽事務所も、営利団体である。投資に対するリターンを計算にいれるからである。音楽をやっている人が、仮に億万長者でも、自分をひとつの商品として見た場合に、考えることは、そのリターンである。個人投資の場合に、その時間、自分は有効な時間を消費したと割り切れる程度の自己投資額であれば、そのリターンが少なくてもなるほどと思える。もし、自己投資以上の投資を企業がしたならば、その企業は、リターンはそれ以上くると判断できるから行うのである。もちろん、失敗する場合もある。それはそれでしかたがない。人間は欲望の塊である。企業が金を出すには、それなりの下心がある。

 すくなくとも、今は、一方が良くて、他方が悪い関係は、成り立たない。WIN-WINが成立するのが、絶対条件である。相手にもうけさせるには、自分は何をすべきか、考えなければ相手は乗ってこない。WIN?WINであれば、相手が儲ければ自分も儲かるからである。音楽事務所やプロダクションは、需要をみている、その需要に対して臨機応変に供給できる柔軟性をもつことが音楽で生計を立てたいと思う人には必要である。相手の懐に飛び込み、何でもしますというぐらいの気骨さが必要である。相手も、その人の能力をみている、その人の才能をどういうふうにすれば、利益がうまれるかを考える。それがプロデューサーの才覚である。それがどこの世界でも管理者の仕事である。それの最終判断が経営者になる。

 

 音楽で生計を立てられるようにするには、経営者の視点がいるのである。そう、どんな商売も寡占などありえない、勝負で勝つのなら、5.54.5ぐらいでいいのである。下請けや仕入れ業者を大切にしない企業に未来はないし、事業締結でも、一方がよくて、他方が悪いというのも未来はない。商売の基本は常に、WIN?WINにあるからである。自分が儲かるには、相手に儲けさせろなのである。音楽事務所やプロダクションを儲けさせるにはどうしたらいいかを考えるのである。自分の音楽だけで、自己陶酔的に音楽をやっても、よほど何かがなれれば、話にならない。先を読んで、その需要にあったものを作り上げ、プレゼンするのである。音楽で生計をたてて、売れようと思えば、すくなくても、音楽事務所やプロダクションの経営者と同じ目線で話ができなければ、WIN-WINを相手に思い描かせることはできない。これは商売である。自分の音楽の才能が、ひとつの商品なのである。相手に、投資させる、買わせるには、どうしたらいいか、考えるのである。そう、音楽の才能というよりも、それを相手に納得させられるだけのその人の誠実さ、その人の人間性なのである。逆に言えば、それが出来る人は、どの世界にいっても成功するはずである。

 

 芸術至上主義からみれば、芸術を商業化することがおかしいという人がいるだろう。しかし、それでは、ご飯が食べられないのである。音楽をやっている人が、生きるために、そこから離れていくのは、やむをえない。そして、音楽をやっている人は、意外と低収入なのである。すばらしいミキシング技術をもっても、これでは費用対効果からみれば、どこかで限界がみえるのである。これだけの技術をもっている人が、年齢的にみても、えっと思える収入なのである。機械設計や計装エンジニアの人たちの方が多いのである。客観的に見て、音響エンジニアは、もっともらってしかるべきである。だから、講師をしたり、営業したり、管理業務をしたりするのである。音楽をやっている人、絵をやっている人、小説をやっている人に言ってあげたい。それで、うまくいかなかった場合のことを同時に頭に入れながら、危険のヘッジを掛けて、生きていきなさいといってあげたい。それで生計が立てられたらいい、しかし、そうでなければ、それによって養った感性が生かされるような、職種を考えておきなさい。そして、基本は、いつも経営者の視点を考えて行動しなさいということである。そうすれば、仮にそこで、うまくいかなかった場合でも、他の分野でうまくいくはずである。そう、何も心配する必要はなにもない。できたらそれでいい、できなければ、それでもいい。人はいつかお迎えが来る。お迎えがきたら、そこでエンドである。それまで、前向きにがんばったらいい。

 

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このページは、中野満が2008年6月30日 10:36に書いたブログ記事です。

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