セレブ夫婦、バラバラ殺人、三橋歌織被告、初公判、愛憎離苦の果て
2007年12月20日、東京地裁で、昨年12月12日、外資系金融機関の会社員、三橋祐輔さんを、殺害し、その遺体をバラバラにして、遺棄したという容疑で、逮捕された妻、三橋歌織被告の初公判が開かれた。三橋歌織被告は起訴事実を認めたが、弁護士側は、その原因を夫による暴力で心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症していたとして、心神喪失、心神耗弱の状態だったとして、責任能力がない、または乏しいと主張したのである。
初公判の概要をネットでしらべて、読んでみたのである。朝のワイドショーでも、放映していたので、見たのである。そこに、壮絶な人間の怨念の哀れさを感じたのである。たぶん、殺害された祐輔さんから、三橋歌織被告は、DV(家庭内暴力)を受けていたのは、事実であったろうと推定できるのである。現実に、05年6月には、歌織被告は、誰かから、顔面を殴られ、鼻骨を骨折し、表情筋を切断し、約1か月間シェルター(保護施設)に入所したことがあるのである。もちろん、その誰かとは、夫、祐輔さん以外には、考えられないからである。
事件を起こすには、何かしらの原因があるのである。ノコギリでバラバラにし、それを別々のところに遺棄している。そして、犯行後、フィト、ハンド、ボディー、バラバラ完了、外におくと記載されたメモを残しているのである。もし、歌織被告が、計画的に、夫を殺害し、何かの利得を得ようとしたならば、検察に押収されて、公判に不利になるような物証は残さないはずなのである。夫が生きて失踪しているようなことをにおわすようなメール偽装隠蔽工作も、幼稚といえば幼稚なのである。
殺害された祐輔さんの両親は、どんな理由であれ、子供を殺害されたのであるから、自分の子供がDVをしていたとは、絶対に認めないし、わが子を殺害した歌織被告を許しはしないのである。だから、祐輔さんの母親の供述は、なまなましく、悲痛なのである。わが子をうしなった母親の悲しいまでの腹を痛めたわが子への固執が見えるのである。「私は祐輔が東京で暮らし、好きな仕事をして好きな人と暮らし、たまに孫を見せに北九州に帰ってきてくれればいいと思っていた。どこの家にもある幸せを味わいたかった。どうして殺されたのが祐輔じゃないといけないのか。被害者がよその人ならばいいわけではないが、納得できない」、それが母親の心理なのである。そして、その憎しみを、わが子を殺した歌織被告へ向けざるを得ないのである。「歌織は夫を殺してバラバラにして捨てた。とても普通の人にはできない。歌織は悪魔だ。そんな人は社会で暮らす権利はない。死刑にしてほしいが、それでは一瞬の苦しみでおしまいだ。そんなものではなく、一生苦しみ続けてほしい。私たちは祐輔を一生背負っていかなければならない。歌織を死ぬまで刑務所に閉じこめて、罪を償わせてほしい。刑務所から戻り、祐輔のことを忘れ、自分の人生を歩むことなど許さない」、そう、祐輔さんの母親も憎しみで満ちているのである。当然といえば、当然なのである。
しかし、歌織被告も殺す直前には、その母親と同じ心理状態だったはずなのである。「結婚後、暴力を受けても、束縛を受け、そして、自分が別な男と交際していれば、嫉妬し、離婚に応じず、そして、今度は、夫が、別な女と交際している事実をボイスレコーダーで録音し、それを突きつけても、無視される一方である。そう、私を束縛し、私を痛めつけ、私を苦しませた。そのあげく、別な女ができると、私のことを忘れて、私を捨てて別の人生を歩もうとする。そんなことなど、私は許さない」歌織被告は、そう思ったはずなのである。その我を忘れるぐらいの憎悪に心を奪われた状態を心神耗弱というのであれば、そうであるかもしれない。 また、別な視点で見ると、彼女の心に、殺意があったと認められるのである。そこに、責任能力があるといえばあるのである。検察と弁護士側が、激しく争うのは、歌織被告の心理状態なのである。だから、双方が、双方の観点での精神鑑定を求めているのである。
基本的に、夫婦は、他人なのである。それぞれには、それぞれの父母がいて、その家の文化があるのである。地域や家柄が違うのは当たり前であるし、男の家では、許されることも、女の家では、許されないこともあるのである。だから、結婚とは、本人どおしと共に、その奥にあるそれぞれの家の風土や文化までも受け入れることになるのである。結婚前までは、見えなかったそれが、結婚後には、それが出てくるのである。こんなマザコンとはしらなかった、こんなにうるさい親とは、分らなかった。それに耐えられなくなって、離婚するカップルもあるのである。だから、検察が冒頭で陳述している、歌織被告が 歌織被告が慰謝料など経済的に有利な条件で離婚するつもりだったとのことや、「被告人名義でマンションを購入させ、離婚の際にはこれを自分のものにしようと考えていた」などと説明しても、それ自体、なにも、おかしいことなどないのである。人間のエゴから考えたら、だれでもそう思うことである。さらに、その動機について、「逆に祐輔さんに離婚を切り出され、思い通りにならない腹立たしさやプライドを傷つけられた悔しさを抑えきれず、憎しみの感情を爆発させ殺害を決意した」と主張したのである。そう、現象的にみれば、その通りなのである。それ以外に、攻める検察側としては、そう主張するしか方法がないのである。
果たして、三橋歌織被告には、殺す直前に、祐輔さんに愛情があったのであろうか、あったならば、殺害はしなかったはずである。しかし、心のどこかに、やり直したい気持ちがのこっていなかったのだろうか。もし、なかったなら、さっさと、飛び出して、家を出て行けばよかったと誰でも、思うはずなのである。しかし、どうやら、戻る家がなかったらしいのである。詳細は分らないが、歌織被告の実家に対しての何かしらの障害があったらしいのである。もし、そうなら、戻る場所を止められ、さりとて、家庭内では暴力がある、歌織被告の内部には、消化されない葛藤が圧縮されていたと考えるのが自然なのである。人を殺害することは許されない。衝動的にしても、それは許されないことなのである。たぶん、通り一遍では、見えてこない、被告の心理状態を、今後、彼女の弁護士が、あぶりだしていくはずなのである。追い詰められた女が、どのように、殺意を内部で発酵させていったか、おぞましい人間の業と欲と悲しみ、そして、背後にひそむ両親の思惑や業さえも、すかされていくはずなのである。悪魔が、哀しい悪魔なのか、それとも、本当のおぞましい人間性のかけらもない悪魔なのかが、分るはずなのである。マスコミは、夫が外資系一流企業につとめ、住まいが都心の高級マンションにすんでいるだけで、殺された祐輔さんと歌織被告をセレブといっているが、その実態は、虚飾にみちた空虚な仮面夫婦だったのである。どこかで、見栄をすてて、出ていって、地方でひとりくらしでもしていれば、こんな事件を起こさなくてもよかったはずなのである。そして、どこかで、離婚が成立し、彼女を包み込んでくれる優しい男が現れなかったともいえないのである。
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